19: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)21:42:13 ID:YIo
「OKINAWAに行かない?」

いきなり母が電話で聞いてきた。 当時、大学三年生で就活で大変な頃だった。
「忙しいから駄目」と言ったのだが母はなかなか諦めない。
「どうしても駄目?」「今大事な時期だから。就職決まったらね」
「そう・・・」母は残念そうに電話を切った。 急になんだろうと思ったが気にしないでおいた。

それから半年後に母が死んだ。癌だった。 医者からは余命半年と言われてたらしい。
医者や親戚には息子が今大事な時期で、心配するから連絡しないでくれと念を押していたらしい。
父母俺と三人家族で中学の頃、父が交通事故で死に、
パートをして大学まで行かせてくれた母。
OKINAWAに行きたいというのは今まで俺のためだけに生きてきた母の最初で最後のワガママだった。

叔母から母が病院で最後まで持っていた小学生の頃の自分の絵日記を渡された。
パラパラとめくると写真が挟んであるページがあった。
絵日記には

「今日はOKINAWAに遊びにきた。海がきれいで雲がきれいですごく楽しい。
ずっと遊んでいたら旅館に帰ってから全身がやけてむちゃくちゃ痛かった。」
・・・というような事が書いてあった。すっかり忘れていた記憶を思い出す事が出来た。

自分は大きくなったらお金を貯めて父母をOKINAWAに連れていってあげる。
というようなことをこの旅行の後、言ったと思う。
母はそれをずっと覚えていたのだ。
そして挟んである写真には自分を真ん中に砂浜での三人が楽しそうに映っていた。

自分は母が電話をしてきた時、どうして母の唯一のワガママを聞いてやれなかったのか。
もう恩返しする事が出来ない・・・ 涙がぶわっと溢れてきて止められなかった。

20: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)21:42:49 ID:YIo
京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、
認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。
事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。
片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。
片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した。

母は05年4月ごろから昼夜が逆転。徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。
片桐被告は休職してデイケアを利用したが介護負担は軽減せず、9月に退職。
生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。
介護と両立する仕事は見つからず、12月に失業保険の給付がストップ。カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、
06年1月31日に心中を決意した。

「最後の親孝行に」
片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で
「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は
「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が
「すまんな」と謝ると、母は
「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は
「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。
この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、
自分も包丁で首を切って自殺を図った。

冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、
眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。

裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。
殺害時の2人のやりとりや、
「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。
目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。

21: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)21:43:45 ID:YIo
>>20
その後、息子も母親を追うように自殺している

23: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)21:45:55 ID:6JO
>>20
涙出てきたわ

22: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)21:44:54 ID:swt
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/09/15(火) 19:15:38.30 ID:oWxFhNZO0
    朝起きたらとなりでルイズが寝ていた。
    俺は死ぬほど嬉しかった。何せ夢にまで見たルイズだ。
    童貞の俺にもついに彼女が出来て幸せに暮らしていける。
    そしてマイホームを買って子供をつくって毎日幸せな生活をする。
    そんなことを一瞬にして考えた。

    でも、ルイズは「サイトはどこ?サイトどこにいるの?」
    って言うんだよ。俺のことは見向きもせずに。
    そのとき分かったんだ。ルイズはサイトと幸せになるべきだって。
    だから俺は一緒にサイトを探してあげた。
    やっぱりルイズの笑顔は俺に向ける笑顔よりサイトに向ける笑顔のほうが可愛い。
    俺は二人が幸せになってほしいと願いながら立ち去った。

    そんな夢を見た。
    起きてとなりをみた。
    ルイズの抱き枕があった。
    目から涙がこぼれた

27: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)21:50:58 ID:3aR
>>22
オタクも人間やね…

28: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)21:56:37 ID:6vg
中学時代の昼休み
俺「…ポツーン」
女子数人「ジャンケンポン!キャー負けたー!」
ジャンケンで負けたらしき女子が近付いてくる
負けた女子「えー本当に言うのー?」
取り巻き「キャハハ早く言いなよー。せーの。」
負けた女子「友達になってくれませんか?」
俺「???」
負けた女子「もーヤダー!サイテー!」
取り巻き「キャハハ○○(俺の名前)君喜んでるよ。もっかいちゃんと言ってあげなよっ」
負けた女子「マジキモいんだけどー」
俺「・・・。」

30: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)21:58:19 ID:YIo
あるシーズンオフにヒルマン・新庄・小笠原が中学生(不治の病)の見舞いに行った
えらい野球にくわしい子で、病室は野球関係の本でいっぱいだ

「あのね、このピッチャーはねコントロール悪いから初球は見ないとダメなの」
と選手の写真を指差して話す少年

やたら難しい顔してうなずく小笠原
「ふえーそうなんだ?」と(多分素で)感心する新庄
ヒルマン「素晴らしい。これからもハムの007として調査・報告してくれ。頼んだぞ」

そしてヒルマンが、スコアブックを渡して
「君を特別スコアラーに任命する。気がついた弱点を記録して、また報告して欲しい」

そのあとの談話

「いや~勉強になりました。野球って奥が深いね」
少しもイヤミにならないのが新庄の新庄たる所以である。
「あの子に夢を与えられるように・・・・全力でプレーします」
言葉を搾り出す小笠原。赤い目が万感の思いを語る。
そしてヒルマン
「今日は日本ハムにとって有意義な日。将来の名スカウトを発見した」

31: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)21:59:00 ID:YIo

中日ドラゴンズの立浪和義選手。
母子家庭に育ち、子供の頃から苦労掛けっぱなしの親に孝行するのは
当たり前の話であるが、彼はポケットマネーで孤児達を球場へ招待し
毎年、クリスマスのは孤児院へ駆けつけて、一人一人に自筆のメッセージカードを
添えてプレゼント。
正月には餅つきとお年玉を振る舞い、野球を教えている。
子供の誕生日には必ず電話と手紙で御祝いのメッセージを送り続けているのだ。
これは彼が20歳である3年目のシーズンから欠かさず続けていることなのだ。

34: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)22:02:45 ID:YIo
【最後はパパ、ホームラン打ってくるよ】

ある阪神の選手が引退を決意
引退試合には一打席だけ立たせてもらえることになった
愛する娘に「パパ頑張ってくるよ」と言うと
まだ幼いその娘は「パパはどうしていつもホームラン打たないの? 最後にパパのホームランが見たいよ」
と言った
その選手は所謂二番打者タイプでバントや流し打ちなど繋ぐバッティングを期待されていた選手だった
だからその娘は、ほとんど父親のホームランを見たことがなかった
それに気付いたその選手は「分かった。じゃあ最後はパパ、ホームラン打ってくるよ」
と娘に言い、試合に臨んだ

そして試合中、ランナー一塁の場面でその選手に打席が回ってきた
いつもより大きくバットを構える
相手投手も、ど真ん中にボールを投げる

そしてその選手は…………バットを構え、送りバントをした。

ランナーは二塁に進み、犠打の記録がつく
その選手は笑顔でヘルメットを掲げ、甲子園球場の声援に応えた
最後の最後まで自分のスタイルを貫いたその姿に、ファンも割れんばかりの拍手を返した

そして試合終了後、娘のもとによると、
その娘は約束を守らなかった父親に文句を言うこともなく
涙を溜めながら、笑顔でたった一言。

「パパ、お疲れ様、大好き」

37: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)22:05:09 ID:YIo
大野の結婚式のときの松田オーナー

結婚式に当時の球団オーナーである松田耕平を招待したが、松田は用意された上座ではなく、身内が座る末席に座った。
他の出席者が「オーナー、席はあちらです」と言うと、松田は「いや、広島の選手はみんな息子みたいなもんだ」と話した。
母子家庭で父親のいない大野は深く感動し、涙を流したという。

40: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)22:06:52 ID:iXS
怒涛の野球コピペ連発に草

44: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)22:08:27 ID:YIo
おーぷん2ちゃんねるやし、野球がええかなと思ったんや
>>40

85: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)22:26:33 ID:JyF
 7才の娘の喘息がひどかったので、都会から田舎に引っ越すことに。ほどなく娘の発作はなくなり、家族3人ゆったりと過ごしていました。ところが、幸せな日々も束の間、夫が事故で亡くなってしまったんです。

 仕事を探すためにも都会に戻るべきかと悩んでいたある日、娘が「お父さんに手紙を出したい」と言いだしました。そこで、天国にいる夫へ手紙を書き、風船に結んで空に飛ばすことにしました。

 娘の手紙には「お父さんへ元気ですか? 天国はどんなところですか? わたしもお母さんも、すごくかなしいです。いい子になるから、帰ってきてください。 R美」と書いてありました。娘は、風船が見えなくなるまで青空を眺めていました。返事が来ないことはわかっていただろうと思います。

 ところが、それから1週間ほどが経ったころ、差出人の書かれていない娘宛ての手紙が、ポストに入っていました。開封すると、丁寧な字で、こう書かれていました。

「R美へ お父さんは元気です。天国は楽しいところだよ。神様との決まりごとで帰れませんが、お母さんの言うことをよく聞いて、いい子でいてください。ずっと見守っているからね。お父さん」

 娘は喜んで、手紙を部屋の壁に飾っていました。筆跡が違いますし、もちろん夫ではありません。風船を拾った人が善意で返事をくださったのだと思いますが、住所を書いたわけではないので、不思議に思っていました。

 後日、風船を拾ってくれたのが隣の町のかただとわかりました。娘の名前を頼りに、多くのかたが協力して、この家を探してくださったそうです。その話を聞いた私は、都会に戻ることをやめました。温かい人たちが集うこの土地で、娘を育てていこうと決意しました。

88: 名無しさん@おーぷん 2017/01/28(土)22:27:22 ID:T0X
>>85
切ないけどいい話やな





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